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由良半島(2)-岬まで到達困難すぎる半島

愛媛県・由良半島レポートです。最初から読まれますと、より楽しめます。)


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愛媛県の西部、宇和海に浮かぶ「由良半島」は、まるで昆布が海に揺れるように、うねりまくって怪しい形をしている。
そこを実際に走りに行くと、海に真珠などの養殖いかだが浮き、狭い斜面には段畑が連なっている、独特な風景をしていたのだ。

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途中まできた僕は、半島の先端を目指して走る。
道路はこのように、山の尾根に沿ってアップダウンを繰り返しながら走っていくのだ。
★道端に巨大なわらじ?★

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由良半島は、もちろん海に面しているため、漁港はセットになっている。
そこから魚の養殖や真珠の養殖といった、宇和海の特産を作る海へと発っていくのだ。

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生活が海と密接に結びついているのか、漁業や養殖で使う道具が、道端に置いたままの光景が見られる。

あまりにも海と結びついているのか
道路の途中、海からかなり登った場所に、浮きが置いたままになっていた。
これ、捨ててるんじゃないの?


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山を越えたら、ゆっくり降りてきて、次の集落。
狭く細い路地が、海へと続いている。

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神社の脇には、物置になったボートに
大量の浮きが置かれていた。

フジツボがびっしり張り付いた浮きの一つ一つが、何かのオブジェのように見えてしまう僕は
どうかしちまったのか。

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次の集落へ走ろうとしたら…
村の外れに、巨大なわらじが掛かっていた。

この正体はいったい…!

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別の集落への道。
峠を上りきると、また発見した。

巨大なわらじの真ん中には、お札のようなものがついている。

これは…何かの祭りなのだろうか?


こんな話を聞いたことがある。

………

三重県の志摩半島にある「大王崎」では、「ダイダラボッチ」という巨人の伝説がある。

ダイダラボッチは村を荒らしまわって村人をたいそう困らせていたが
ダイダラボッチの足の丈に合うわらじを作って、海に投げ入れると
村にダイダラボッチが来なくなった。めでたしめでたし。

…という話だ。
実際、大王埼では毎年9月に、巨大なわらじを海に投げ入れる神事が行われている。


ということは、この巨大なわらじも、ダイダラボッチ伝説とその神事が
由良半島に存在するということなのだろうか?

さらに、三重県・大王埼に近い英虞湾は、真珠の名産地だ。

同じく、由良半島をはじめとする宇和海も真珠で有名だ。

そういえば、茨城県の霞ヶ浦も真珠の養殖が行われているが
そこから少し北へ行った水戸市付近でも、ダイダラボッチ伝説はある。



真珠の産地と、ダイダラボッチ伝説は、何らかの関連性があるのかもしれない。




★岬には旧海軍の施設が!★

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由良半島の最先端にある、「網代」という集落に着いた。

半島の端から見渡す海は、いかだと浮きであふれていた。

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例によって、屋根が平たく外壁が淡い、3,40年前に建てられたような現代住宅が連なっている。

しかし、それ以上に僕の目に付いたのは、この大きな民家だ。


この由良半島にも独特の民家があるのかと期待した甲斐があった。

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この民家は、網代集落で一番大きな庄屋さんの邸宅だという。
現代的な住宅が立ち並ぶ3,40年より以前は、このタイプの家が並んでおり
現地のお年寄りによると、すでに生まれたときからこのタイプが主流だったという。


木箱のような形で、窓が少なく、外からの遮蔽性が高そうだ。
この宇和海では、海風が強く、台風がよく通るため
風水害から家を守るために、このような形になっていったのだと推測される。

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もう少しこの様式の民家はないだろうかと探してみれば、
海沿いの道の裏手に、廃墟となって荒れ果てた民家があった。


由良半島にかつて、この様式の民家が多かったこと
そして、現代的な民家の耐久性と便利さの波に負けていってしまったことを物語っている。

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素朴な形の漁師小屋。
養殖用の浮きが置かれ、どこか片隅に追いやられている感がある。



さて、先ほどこの網代を最先端と書いた。

そう。ここから先は、歩いていける山道もろくになく
到達があまりにも困難だと、地元のお年寄りから聞いた。

さらに、由良半島の最先端には、「旧海軍由良衛所」という戦前の旧日本軍の施設があるのだ。
もちろん、現在は戦争遺跡と化している。

半島の岬まで行くためには、渡し舟をチャーターして、海上から近づいて
岩場を伝って入り、森をかきわけて進まないといけないので、かなり到達困難だ。

行けば、発電所、兵舎、防空壕、砲台、さらに潜水艦の聴音室(敵の潜水艦が近づいてくるのを音で察知する部屋)の跡がある。

もちろん、僕は次の目的地へ急ぐために、この先へ行くのは断念した。
興味のある人は、このレポートを読んで欲しい。





★生活感あふれる水際★


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元来た道をそのまま引き返すのはつまらないので、別のルートを通って帰った。

それは、山の中を通るルートではなく、このように海のすぐそばを、海岸線に沿って走るルートだ。
スピードはあまり出せないが、昔ながらの道を通るので、より半島の果てまで来たような感覚が味わえる。

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しばらく行くと、集落に突き当たる。
桟橋から真珠の作業小屋へ向かう人と目が合った。
久々の人の気配だ。

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小さな庭のような狭い空間に、洗濯物が干されている。
物干し竿の下に三輪車が置かれ
まさにこの場所に生活のにおいがあることを想起させてくれる。


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右の物干し竿は、海から突き出ているのだ。
海を見渡す民家の昼下がりに、犬がキャンキャン吼えている。
それ以外に物音がしない。

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漁師の作業用のいかだが浮いている。
水際を覆いつくして、また違った世界を作り出しているようだ。

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古い民家。

★オレンジと黒の古民家★


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別の集落へ急ぐ。
途中、ようやくスーパーマーケットらしきものが現れた。
右の商家らしき家も、昔は財力を誇っていたのかもしれない。

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このあたりの民家の軒先で、豆のような植物を束ねたものが飾られていた。
魔よけのようなものだろうか。

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由良半島の付け根まで戻ってきたが
ここの民家の特徴は、オレンジ色の木材と、黒く縁取った窓、灰色の屋根瓦などとなっており
はっきりしたカラーリングとなっている。
真新しい感じがして、見栄えが良い。

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上から見たら、白っぽい灰色の屋根瓦が堅固な印象を与えてくれる。
そういえば、このあたりの漁師小屋は、オレンジ色や黄色の新建材の家がいくつかみられるが
由良半島の人の色彩感覚は、鮮やかなものが好きなのだろうか。

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再び、山に沿って走る道を通り、国道56号線(四国を西回りで走る道。松山から宇和島、中村を通り高知を目指す)へ戻る。
半島は場所ごとに、違った世界があるらしい。



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一瞬真珠の産地→入江→津波を連想しました。
津波が山肌を上ってきたときに、「デイダラが来た!」とか。
沢山あった神社も、実はみんな津波よけだったのかもしれませんね。
[ 2010/07/09 07:32 ] [ 編集 ]
もりあきさんへ。

こちらこそ初めまして。
とりあえずメールの分はコメントを消さないといけないので、申し訳ないですが、ご希望どおり上のコメントは消して、僕のレスの下に残しております。


それにしても、巨人伝説と古代海洋民族の移動は関連があるかもしれないと考えたら、面白いですね。

そういやwikiでダイダラボッチのトピを読んだとき、「国づくりの神であった可能性が指摘されている」と書かれているのを読んだとき、出雲神話の国引きの神話を連想したのですが、なるほどあながち関連がありそうだなという気はしました。


それにしても、由良半島へ行かれたのですね。
今は道路が通っているので、車であれば不自由がないのですが、この記事に出てきた昔ながらの道ばっかりで、行くのがさぞかし困難だったのかもしれません。
もっとも当時は、車よりも船での移動が当たり前な、「船社会」だったかもしれませんが…。

しっかし、交通機関や宿泊なんかが発達してないときの方が、楽しませてくれるようですね。
旅行のツアーのように予定調和で準備されたものという感じじゃなく、生のワイルドな感じというか。
味わって遭遇してみないとわからないなぁと思います。

海はかなりきれいでした。
この2年以上前に、北にある三浦半島というところも行ったのですが、ここでは青色の鮮やかな魚に、たくさんのハコフグらしき魚が港で泳いでいて、えらいとこ来たなぁという感覚があったのを覚えてます。




> たまにtwitterでぶつぶつ言ってる、もりあきと申します。初めてコメントさせていただきます。
>
> 私も20年ほど昔、この由良半島の後という所まで行った事がありました。あの時に見かけた巨大わらじは、ダイダラボッチのものだったのですね!
>
> 出身地の群馬県西部(旧甘楽郡・碓氷郡域)や、県境を挟んだ信州佐久・小県地方にも、「でえらんぼう」という巨人伝説が有った事を思い出しました。
>
> 海沿いと内陸、一見関係が無い様に思われますが、信州側の諏訪地域には、古代出雲族の神(タケミナカタ=建御名方神)を起源とする古社・諏訪大社が存在し、周辺に広く信仰を集めています。ダイダラボッチの様な巨人伝説は、古代海洋民族の移動と何か関係が有るのかも知れませんね。
>
> 由良半島の尾根を辿る道は、20年前は所々細くなっていて、本当にこの道で良かったのか?と途中で何度も迷いました(うっかりするとすぐ水際の集落まで山を下らされてしまうので…)が、途中に垣間見える入江と海の織り成す景色だけは抜群でしたね。
>
> 泊まった宿も、どこの避難小屋?という感じの所でスリリングな宿でした。宿に着く直前、ついこの先でマムシに噛まれた、という地元の方が戸板で担がれていくのを見たり、海からだいぶ上の崖上にある宿の脇に無造作に転がっている巨大な岩が、何時かの台風で打ち上げられたものだと宿のおかみさんから説明されたり、下の港で見たことも無い様な大きさの伊勢海老を水揚げしているところを覗かせて貰ったり、真珠貝を食わせて貰ったり、等々、色々と盛り沢山に楽しませて頂きました。
>
> 防波堤の先から勢いで飛び込んだ海が、もの凄く透明度が高く、かつどこまでも深く、見慣れない熱帯系の魚ばかり泳いでいたもので、感動を覚えたのも束の間、無茶苦茶おっかなく感じたのもいい思い出でしょうか(海パン一丁でダイブは、そりゃ無謀だわな)。鮫の餌にならなくてヨカッタ…。
[ 2010/07/12 01:44 ] [ 編集 ]
あ!なるほど。
自然現象を何かしらの神にたとえるというのは、よくありますね。
雷とか。

そういや真珠の産地は、この愛媛宇和海、三重県志摩、長崎県西彼杵半島、熊本県天草といった場所がありますが、いずれも入り江になっていて一見穏やかだけど、海が荒れやすく風が強いところがあるようです。
もちろん津波に悩まされるでしょうね。

だとすれば、これらの地の人々が、どのように津波に対して向き合ってるかを知ると、もっと深まりそうですね。
[ 2010/07/12 01:51 ] [ 編集 ]
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