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筑豊(4)-端から壊れてく日本

(筑豊レポートその4です。初めての方は、最初からお読みになると、より楽しむことが出来ます。)


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元々が炭鉱を掘り出す鉱山と、それを運ぶ鉄道、そしてそこで働く人が住む住宅、掘った土を溜めておくボタ山でできていた、筑豊の町々。
だけど70年代に鉱山は閉山し、人は筑豊を去っていき、鉄道は配線、街はゴーストタウン化していった。

筑豊にはそうした遺構が残っていた。
古ぼけたバス停や、時代から取り残されていった商店街、駅があったと思われるどこか不自然な街、そして、鉱山跡にできた再開発地。

一方で、時代から取り残された人たちの閉塞感が集まり、たとえば田川市のように鉱山跡に無秩序な開発が進んだり、ヤンキー向けの商売が蔓延していったりして、どうにもならない状態になってしまっていた。
★くすぶる炭の粉・田川★

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筑豊の代表的な都市、「田川市」の第二の市街地「後藤寺」にきた。
中心街にアーケードの商店街が広がる街だが、やはり昭和の薫りが残る街だ。

奥にあるコンクリートの建物は、「後藤寺バスセンター」。
平成に入るまでは、映画館だったそうだ。
建物の脇に継ぎはぎのような小屋が入り、むき出しのコンクリートは、妙な威圧感を漂わせている。

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昼でもこの薄暗さだ。
暗い空間に、バスのそれぞれの行き先を表示するプラスチック板が浮かぶ。
夜になるとさぞかし、来るのがためらわれる場所になることだろう。
田川後藤寺の都市景観は、なぜか重苦しい。

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某巨大掲示板などでは、「筑豊で最凶の街はどこか?」といった話題で、必ず大任町、川崎町と並んで田川市が出てくる。
九州で1番治安が悪い。」や「未成年の約50%がヤンキー」「夜出歩くのは危険」といったマイナスイメージの言葉が飛び交うが、
主に郊外で、そう思えるような光景がいくつも現れるのだ。

それに比べてこの市街地の重苦しさ。
別段昼間の市街地では、田川の治安の悪さというものを直接物語るような光景は見当たらない。
ヤンキーくさいのは少し見たけど。
ただ、空気が沈んでいるのだ。

いや、筑豊だけではない。全国的に起こっている現象ではないか。

町に人が来てもらえるようにしていく動きさえみられない。
新しいものが何も生まれない町だというのに、田川市の一番手の市街地である「伊田」に対抗意識を燃やしているのでは、どうしようもないではないか。
建物が老朽化しているばかりで渋く錆びるにまかせているようだ。
こうしている間にも、人は市街地に愛想を尽かして寄り付かなくなるのだろう。

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余談。「千鳥饅頭」や「ひよ子」などの看板やノボリを見かけることがあるが
いずれも福岡県は筑豊・飯塚が発祥の和菓子である。
「ひよ子」は東京名物、「千鳥饅頭」は大阪や東京の名物として通っているが、
筑豊の発祥であると、声を大にして言いたい。
福岡土産にはどうか、「ひよ子」「千鳥饅頭」を。

★ヤンキーのためばかりの街に…★


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前々回、「日田彦山線の香春駅は歴史的価値があるのに、DQNに放火されて焼失した。」とか
「筑豊での駅舎やバス停は扱いが酷く、DQNがやってきて、駅に落書きをしまくったり、壊していくこともザラで、深夜ヤンキーのたまり場になる。」と書いた。

その一例として、宮若市にある「欅原」バス停を見てみよう。
例によって炭鉱住宅街の跡地の草っ原に建つバス停。
バス停にしては立派な木造のバス停だ。

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ところが、中を覗いてみれば、目を当てられないほどに破壊しつくされている。
木目の内装が剥がされ、チョークで落書きしつくされ、窓ガラスは割られ、さらに天井の板がひっぺ返され、とても安心してバスを待てる状態でなくなってしまっている。
やはり深夜ヤンキーのたまり場になっているそうだ。

「ケンカ上等」と書くあたりが、昭和のビーバップハイスクールなヤンキーが現役であることを物語る。
リーゼントに幅広のズボンに特攻服の、リアル氣志團なクラシックヤンキーの姿を、未だに目撃することもあるとか。

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田川後藤寺駅近辺で見かけた、なんとも痛々しい店だ。
その名も「QUEENB
自称「渋谷GAL系 ヤングSHOP」を名乗っている。

し、渋谷GAL系!!?

渋谷109系やB系、SPORTSEXYといった、今時のヤンキー御用達の衣装を取り扱う店が
田川の郊外少し手前にある。

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しかし建物がみすぼらしい。
ただの民家やろっ!!
老朽化し、人が住んでいるように見えない民家の壁に、これでもかと「QUEENB」のロゴが貼り付けられまくっている。
あまりにも痛々しく、目も当てられない。

売る方もどうかと思うが、ここで買う方もどうかと思う。
バランス感覚が。

ちょっと家、傾いてるしな。

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郊外のロードサイド店舗が並ぶ道路には、やはり、チェーン店が並ぶ。
すっかりおなじみだが、筑豊のそれはヤンキー度が高い気がする。

ここなんかは特に。
中古自動車店に自由の女神を建てるセンスが理解不能!!
どんだけ目立ちたがりで挑発的なのか。
そこがヤンキーの美意識なのだろう。

パチンコ屋も多かった気がする。
特に、「ビリヤード・ゲーム やんちゃ」という、まんまヤンキー用語の店があったのには驚いた。
ウェブで調べたら、外装がごてごてしていて、薄暗くてヤンキーが好きそうなスロットがずらり並んだ内装だった。

ヤンキホーテ」ことドン・キホーテが、道路上に並んでいるような錯覚を覚える。

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中古自動車屋の脇に盛り上がっている丘。
ボタ山だ。

炭鉱があった時代にできた、石炭を採取する際に、石炭と選り分けられて捨てられる、ただの石が積み重なってできた山のことを、九州ではそう呼んでいる。

草木が茂って、何の変哲もない丘のように見えるが、実は石が積み重なっただけなので、脆くて崩れやすく、土砂崩れに巻き込まれることもあるという。
しかも、石炭成分も少し含まれているため、自然発火することもあり危険である。
筑豊にはこうしたボタ山が多くみられ、中には100mを超えるものもある。

現在、このボタ山を炭鉱時代の負の遺産としてみている自治体も存在する。
とにかく筑豊では、炭鉱時代の名残を忘れたいという動きがあちこちで見られるようだ。

ボタ山は削られ、工業団地や住宅地へと転用されていることが多い。
田川や飯塚では、ボタ山跡の工業団地に「筑豊のシリコンバレー」を目指して半導体やハイテク産業を誘致しているという。
九州工業大学などが中心となって進めている計画だが…
この土地に見合った産業に見えないのは、僕だけだろうか?

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神社か怪しい宗教施設か見分けが付かない、石材屋。
先の自由の女神といい、渋谷GAL系の店といい、自己主張の強い店がひしめき合ってる気がする。
我先にと出てくる姿は、ヤンキーの姿そのものかもしれない。


炭鉱が閉山し、あとにはボタ山ばかりが残ったこの地で
産業や大学の誘致など、生きていく手段を探っているものの
成功を見ぬまま時は経ち
そこには希望というものが失せたようで、ただ日常を送る人々がたまっている
ある種の「ふきだまり」になってしまったように感じた。

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筑豊といえば、09年8月末の総選挙まで、内閣総理大臣を務めた、麻生太郎の地盤だ。

麻生は、今でも筑豊に影響力を持つ炭鉱系財閥で、言わずと知れた「麻生セメント」を中心に、麻生スーパー、麻生飯塚病院、麻生ゴルフ場…といったグループ企業を構成している。
麻生の名前は筑豊でいたるところで見かけ、筑豊では麻生には逆らえないといわれるほどである。

その麻生グループの総帥である、麻生太郎が選挙区では、地元民のどうしようもなさを肌で感じたという話を聞いたことがある。
炭鉱跡地しかなくなった筑豊に、鉱業や大学やインフラ整備を呼び込んだものの
それが上手くいかなかったのは、「人が悪かった」ということらしい。

たしかに、まちづくりの場面でも、施設などは揃っていても、人材が良くないと、いいまちづくりはできない、という声を聞く。
人材次第で、いくらでも良いものも悪いものも作ることができるからだ。
人が悪かったために、せっかくの人材が離れていき、町が活性化できない、という町も
この筑豊の街の後を追うように、全国で次々に出てくることだろう。


★歴史の終わり★

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小竹町の炭鉱住宅の残る町の中に、「七福ストアー」という昭和の薫りを残すとも、瀕死ともとれる、八百屋や服やが入ったストアーがあったが、そこで驚くべき光景を見た。


なんと、ストアーの売り場の一角に、スロットコーナーがあって、
そこに2人のヤンキーがダラダラとスロットをやっている!!



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なんて末恐ろしい光景だ。
この筑豊の炭鉱が次々閉山して、あらゆるものを失っていった後の成れの果てがこのヤンキーとスロットだ!
そのストアを抜けて、公園に行ったが、誰も子供は遊んでいない。
それどころか住宅地に人の気配すらない。

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何も生まれない。
何も変わらない。
ただただ生ぬるい日々が繰り返す。
この移動手段がどんどん消えていく丘だらけの地で。


そしてそれがまた、日本のいたるところで現れていることに背筋が凍る気がする。
あなたのとなりにも、
出店してくるディスカウント、ドンキホーテ
無味乾燥なイオンモール
購買意欲を過剰にそそる中古車ディーラー…。

この筑豊から、日本がこぼれ落ちていってる気がする。
忘れえぬ衝撃だ。

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最後に、飯塚駅からバスを追って
大分坑(だいぶこう)」という、炭鉱の跡地に向かった。

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バスは峠に小高い丘に囲まれた田園の中を走る。
いまだに「坑」と名前がつくバス停に、何が待ち受けているのだろうか。

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さて、大分坑と呼ばれるバス停に着いた。
ところが、あるのは草っ原にバス停と、バスの待機場と思われるプレハブ小屋があるだけだった。

かつて「笹江炭坑」(とされる)のあった場所で、社宅が並び、ひとつの町として栄えていたらしい。
鉱業所もあったそうだが、遺構は消えてしまっている。

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「新町」と呼ばれるバス停。
…だけが残る。
草原と、縦横に走る送電線以外に何もない。

炭坑住宅が立ち並んで、人の生活があったそうだが
ここが町だったとは思えないほどに、形もなく消え去っている。
炭坑の閉山と時を同じくして…


「何もない。いや、何もなくなった。」


終わろうとしている筑豊。
終わってしまったこの「町」。

徐々に炭鉱住宅が姿を消し
炭鉱だった場所からその記憶が失われ
ただの何もない場所になってしまったとき
筑豊はどうなるのだろうか!?

いや、この日本は。きっと対岸の火事ではないように思う。
そんなとき、人は自分の足元を立て直そうとする力はあるのだろうか?
私たちは何も残らなかった世界を目の当たりにすることになるのだろうか?
それを受け入れる覚悟はできるのだろうか?
そして、生きていけるのだろうか?

筑豊は問いかける。
過去から未来へと。



本日のまとめ


・田川の市街地にある「後藤寺バスセンター」は夜は不気味です。
・田川を中心にヤンキーが多いです。
・ヤンキーは筑豊に住んだら何不自由なく暮らせそうです。
・福岡の駅舎で寝てたら、いつの間にかヤンキー集会が始まってます。
・ボタ山や炭鉱施設など、歴史の生き証人は消え去る運命にあるようです。
・ローゼン閣下・麻生太郎ちゃんも、何かと苦労しているようです。
・「ひよ子」や「千鳥饅頭」は福岡銘菓です。



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[ 2013/06/22 12:53 ] [ 編集 ]
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