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筑豊(3)-昭和に取り残される地

(筑豊レポートその3です。初めての方は、最初からお読みになると、より楽しむことが出来ます。)




炭鉱の町が多くあった、福岡県の筑豊地方は、炭鉱が閉山になってから
就職口が少なく、思ったより産業が誘致できず、かといって住宅などの開発が進んでいるわけでもないためか
炭鉱の町、そのままの風景が残っている場所が多々ある。

それは、バス停だったり、商店街だったり、あるいは町並みやいまでも残る炭鉱住宅などのように
大きな道路沿いを離れてみたところに存在する。
果たしてそれは、ただの過去の負の遺産なのか、それとも、肯定的な意味を与えられた場所となるのか…


まずは、筑豊の中心都市「飯塚市」の商店街からみていくことにしよう。
★賑わう昔ながらの商店街★

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飯塚市の中心市街地、本町商店街にいる。
昔ながらのアーケード街は、常に人の姿を見かける。
地方の拠点の都市は、いわゆる「シャッター通り」と化しているものが多いが
その中でも飯塚市の商店街は賑わっている方だ。

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飯塚市の6つの商店街は、中小企業庁が選定する
がんばる商店街77選」に選ばれている。
前回、前々回の記事で、散々衰退だの停滞だの言ってきてしまったが、マイナスイメージの言葉で筑豊を括るには惜しい場所である。

なお、まちづくりの事業内容については、上のリンクをクリック。


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市場のような、食料品を扱う店が多く並ぶ。

全体的に、店は古くからの店が多いが、ぽつぽつと新しい店も現れている。

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ビルの入り口の、謎のジャジーな壁面のもの。

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「ダイマル」という、百貨店の跡のような場所を使って、書の展示会を行っていた。

そういえば、09年7月に、筑豊で最後の百貨店となった、「飯塚井筒屋」が閉店してしまった。

やはり、商店街や百貨店の客を取る、ショッピングセンターの開業が影響しているといわれている。
しかも、商店街から1キロ以内のところに…。

核となる店舗を失うということは、がんばる商店街にどのような影を落とすのか…。

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裏通りは、きれいに整備されている。
またも壁面の謎のオブジェ。
筑豊の人は、あっと驚くものを壁に飾るのが好きなのだろうか。

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市街地に客を呼ぶために、駐車場の確保に苦心しているのだろう。

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飯塚市の中心街にある「嘉穂劇場
時代劇にそのまま出てきそうな芝居小屋。
昭和6年に落成し、もうすぐ80周年となる、木造の劇場だ。

かつて筑豊には、大衆の娯楽の場として、「芝居小屋」がどこの街にもあった。
しかし、炭鉱の閉山とともに、街が急速に衰退したあおりを受け、芝居小屋も昭和3,40年代に次々と閉鎖。
今ではこの、嘉穂劇場だけが残っているのだ。

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歌舞伎や芝居といった、格調高いものや日本的な公演だけでなく
椎名林檎やtoshiなどがコンサートをしたこともあり、時々話題をつくる場所でもある。
03年に水害があったとき被災し、多大な損傷を受けたが
翌年には復旧することができたという。


★今も昭和の街に生きる人は…?★

では、車に乗って筑豊に残る昭和な風景を追いかけよう。

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小竹町の七福にある「七福ストアー」。
なんといってもこの看板の書体と色合いが昭和の薫りである。

中に入ると、薄暗い廊下沿いに、八百屋や魚屋などが並び、細長い市場と化していた。

…ところが!

そこで僕は見てはいけないものを見てしまった。

それは、この七福ストアーの店の一角に、スロットを置いているコーナーがあるが、2人の茶髪の薄着のヤンキーが、だらしない姿勢でスロットの練習に興じている光景だった。


こんな昭和の風景が残る場所に、ヤンキーが侵食している!?


この後、何か暗雲めいたものを、昭和の風景の中に感じたまま、筑豊の旅をすることになる。


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さて、七福ストアーは細長く、裏から抜けることができるようになっていて、裏は小高い丘になっている。
団地と、その手前には、やはり往時をしのばせるような、炭鉱住宅が残っている。

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ストアー裏手の公園。
しかし、誰もいない。
人っ子一人も遊んでいない。
この団地で、人の姿は、スロットの前のヤンキー2人くらいしか見ていない。

子供はどこに行ったのか。
ここまで人の気配がないと、背筋が凍るものを感じざるを得ない。
しかし、風景は昭和で止まったような場所なのだ。

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宮若市にある、「欅原」というバス停に来た。
ここは趣きのあるバス停で、木造の、まるで炭鉱住宅のように作りこまれた小屋が、懐かしさを誘う。

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シンプルで広々としているが、あまりにも殺風景内観。
飯塚オート」の錆びた椅子が、木の色だけの室内に、色を添えている。
「緑に覆われている」が、周りの雑草を放置し、伸び放題にしたためだろう。

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この一角だけ建物がなく、雑草が伸び放題に生い茂っている。
まるで放置されたような一角…。
その跡には、かつて炭鉱住宅が並び、人の視線にあふれた場所になっていたのだろうか。
今はそれもなく、ただアクセス機能としてのこされたバスの施設だけが、時を超えて存在している。


★こういうものだと思うのだろうか★


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同じく宮若市の東菅牟田
1車線の狭い通りには、未だに昭和の4,50年代の面影を残す場所がある。
商店が並ぶとおりを、エプロン姿のおばさんが自転車で通り抜けていく。
いつの間にか時代のトンネルを抜けたような錯覚を覚える。

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その先には、バス停があった。
するとさっきの1車線の道が、バスの通り道になっているのかもしれない。
この一角も、変わっていない。

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古くからある、「鮮魚と鉢盛 青果と食料品」の店。
早い話が、スーパーのはしりみたいなもの。

食料をある程度揃えた店というのは、大都市圏ではほとんどお目にかかることはないが
地方ではいまだに健在だ。
周辺にはスーパーがないため、地域の台所として役立っているそう。

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バス停の脇のパン屋(駄菓子屋?)の路上で遊ぶ子供たち。
やっと子供が遊ぶ姿を見つけた。
遊び方は違えど、子供がはしゃぐ姿は、変わることはない。

微笑ましい町の姿だ。
昭和という時代に「取り残されている」というタイトルを付けて、ネガティブに処理してしまっているのが恥ずかしくなるくらいに。
むしろ、ネガティブで括れない、昭和の延長線上に存在する町に、未だに人が生きているのだ。
多分「そういうものだ」と思って。
子供たちにとって、昔という時代は関係ない。今があるだけなのだ。


★過去を消そうとする人★

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現在の福智町。かつては方城町だったところにある
方城八幡町」バス停。
これまた味のあるバス停。

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九州日立マクセルの敷地内にあるのは、かつてこの地にあった「三菱方城炭坑」の事務所。
炭鉱を中心とした町だったので、その周辺にはやはり炭鉱住宅が広がっている。

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…と思ったら、取り壊しが始まっていた。(※08年8月中旬撮影)

なぜこの一角を取り壊しする必要があるのだろうか?

方城炭鉱では、言い尽くせない話があったという。
1914年に、坑内で炭塵の大爆発が起き、約千人が犠牲になったこと
大東亜戦争中に、朝鮮半島から連行された人が約3000人、坑内で使役されたこと
囚人を鉱夫として強制労働させていたといった、
拭い去れない過去がある。


そうした忌々しすぎる過去を消すために、その象徴である炭鉱住宅を次々取り壊し…

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こうして新しい住宅に建て替えようとしているのではないだろうか。

それは、歴史という事実をただ消しているだけなのではと思われるが
彼らにしてみれば、酷い目に遭った場所なのだ


…と、ここで、こんなリンクも…
…読んでもらいたい。

これとか
これとか
ここの2つめの記事の青文字のとことか。
ここの日記の下のとことかな。


★思い出したくない昭和と★

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最後に、嘉穂郡稲築町にある「銭代坊」バス停。

ckho63.jpg

ここは昭和40年にガス爆発事故を起こし、約240名の死者が出た「三井山野炭鉱」の炭鉱町だ。
もちろん、当時の炭鉱住宅がそのままに残っている。

しかし、妙にひっそり静まりかえっている。

ckho64.jpg

妙な雰囲気を感じ取り、写真を数枚撮ってから、すぐに出発した。
空気が重い。
その正体は、ここ等に書かれているが
とにかく、外の世界からの闖入者である僕が、土足で上がりこむには、あまりにも申し訳ない想いがする。


――――。


重苦しさや忘れたい過去を引きずる町。
一方で、昭和の風景が残り、生活している人がいる。
炭鉱閉山で衰退し、というだけではこの筑豊を語りつくすことはできないようだ。


では、次回最終章では、この筑豊に現在、何が問題になっているかを語りたいと思う。

続く。



本日のまとめ


・飯塚市の商店街は、「がんばる商店街77選」に選ばれました。
・旧炭鉱住宅地は、高齢化して人が出歩いてませんが、やっぱりヤンキーは見かけます。
・昭和に生きる、という選択肢もアリです。
・炭鉱での大規模事故は、忘れ去りたい記憶です。
・生○保○とかも、ついでに忘れ去りたい記憶です。





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