上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

「路地裏から街を見る」 京阪神を中心に、日本各地の路地裏の風景をくまなく歩いて紹介!

ホーム > カテゴリー - まちづくり・地方の実態

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

親不孝通り-バブルの跡は空きビルだらけ

tenkita20.jpg

福岡以外に住んでいて「親不孝通り」(現・親富孝通り)をご存知の方も少なくないだろう。
福岡屈指の歓楽街ながら、近くに予備校が多かったため、「ここに寄り道していく者は親不孝」というような冗談からその名が付いた。
最盛期であるバブル景気の頃は、派手な格好の人が通りを闊歩し、県外から多くの人が集まり、夜明けまでお祭りのような賑わったという。
ところが、バブルが崩壊して、親不孝通りのディスコやクラブから人が遠のき、衰退がはじまる。しかしそれでも福岡指折りの歓楽街であることには変わりはなかった。

そして、2000年代、「親富孝通り」と正式名称を変えて以来は…。
スポンサーサイト

和歌浦-廃墟と旅館のモンテカルロ

wakanoura01.jpg

和歌山市の南側の海辺に、「和歌浦(わかのうら、わかうら)」という名所がある。
湾の北側にあたるこの地は、奈良時代からすでに景勝地として名高く
特に明治末期から昭和30年代までは観光客が多く訪れ、日本随一の新婚旅行スポットだった。

wakanoura02.jpg

和歌浦は海に面した斜面を道路が走っている。
狭い土地に旅館やホテルなどが立ち並び、その間をグネグネと車道が走る様子は
あたかも、モナコのモンテカルロを彷彿とされるものがある。


wakanoura03.jpg

一見、華がある印象だが、それも昭和30年代までの話だ。
それ以降は衰退を続け、今ではその頃を見る陰もない。
過剰になった観光開発は、今、和歌浦にどんな陰を落としているのだろうか…。

大阪大学吹田キャンパス-工場と都市景観の共存の手がかり?

handai01.jpg

大阪大学の吹田キャンパスに行く機会があって、散策していた。
緑地に囲まれ、医学、工学系の校舎が並ぶキャンパスを歩いていると
あることに気がつく。


handai02.jpg

学生食堂に面した広場は、授業を終えた学生たちの集まる場所だ。
よく見てみると…

真ん中にデカデカとパイプが走っている。
だけど、まったく邪魔に見えない。
そう、風景にすっかり溶け込んでいるのだ。


handai03.jpg

普段工場や工業施設などは、都市の景観を損なうということで
景観にうるさい人にはあまり好かれるものではなかった。

町工場、スクラップ場、工事現場、タンク、プラント、ガレージ…
同じような様式の建物に統一され、整然とした都市景観でも、工業的なものが入ると
たちまちミスマッチが起こり、台無しになってしまうからだ。

ところが、工業的な要素が主役となる大阪大学の景観は
工業的な景観でも、不思議と乱れた景観にならないのだ。

庵治-セカチュー前面に出しすぎで、恥ずかしい

aji02.jpg


市町村合併で高松市になった、香川県庵治町。
高松市から15キロ離れた鄙びた漁村。
言わずと知れた映画『世界の中心で、愛をさけぶ』涙がちょちょ切れるお芝居のロケ地として知られている。
純愛ブームの金字塔といわれた映画の大ヒットによって、2004年以降
「ロケ地めぐり」として庵治を訪れる人が増えたので
『セカチュー』のロケ地という触れ込みで町おこしをしているのである。

aji01.jpg

ところが、その町おこし
少々おかしなことになっている。

まずは幹線道路から庵治へ向かう案内板…。

『世界の中心で、愛をさけぶ』映画ロケ地


と、デカデカと書かれている。

さすがにここまでデカイと恥ずかしくならないだろうか?

呉(3)-怪しくゴミゴミした港町はコンパクトシティ向き?

(呉レポートその3です。前回からお読みいただくとさらに楽しめます。)

kure30.jpg

海と山に囲まれ、狭い土地に戦前は約40万人が住んでいたという、呉の街。
とんでもない人口密集っぷりのようだが、現在はどうだろう。
呉の市街地に降り立った僕は、街を巡ってみた。

ここは呉駅前。
現在でも人口が約25万人おり、その人口相応の規模の市街地が作られている。

福井北の庄・元町-地方都市にも「周辺」が出現

fkii01.jpg


路面電車も通る、福井県第一の都市、「福井市」。
日本一住みやすい県の県庁所在地は、人口26万人と、そんなに大きな街ではない
いわゆる地方都市だ。

fkii02.jpg

市街地の郊外に、9つの大型スーパー・ショッピングセンターがあるにもかかわらず…

駅前の繁華街は、あらゆる人が集まり元気だ。
地方都市にもまだ賑やかな場所も多い。

ところが、その様子が近年では変わりつつあるようだ。

繁華街は中心地から周辺へシフトしている

nkzk01.jpg
(例1 大阪市中崎町 梅田から徒歩20分。裏手にある古くからの住宅に並んで、女子向けの雑貨屋が営業されている。)


最近、新しいカルチャーが起こってくる場所は、中心の繁華街ばかりでなくなったように思う。

関西の話だが、街のカルチャーを追う雑誌『L'magazine(エルマガジン)』(惜しくも2008年12月休刊)を読んでいても
登場するのは大阪の梅田や難波だけじゃなく、中崎町や堀江、福島などの「繁華街の周辺」が増えてきた。

2000年以降のゼロ年代は、各地で繁華街の裏手ともいうべき「周辺」の街が盛り上がり
一大ゾーンを築き上げるまでになる現象が起こっている。
その分、今までの繁華街が従来に比べ盛り上がりに欠けてきているというのだ。

仏生山温泉-デザイナーズ銭湯in高松

busy01.jpg

僕は銭湯には入るが、普段からスーパー銭湯には入らない。
スパ銭のマニアも出てきているが、あまり馴染みのない分、その違いがわからないのだ。
自宅からスパ銭に歩いていける距離にあるにもかかわらず。行ったのは一度きり。

郊外のチェーン店系には食指が動かない、個人店舗が好きな僕にとって
香川県は高松市の「仏生山温泉」くらい際立っていれば
「あぁ、他のスパ銭と違うわ」とやっとわかってくる。(鈍感)

そんな温泉を求めて、高松から「ことでん」(高松琴平電鉄)に乗り6駅ほどの「仏生山(ぶっしょうざん)」という駅で降りた。
郊外の商店街がある街を8分ほど歩く。


busy03.jpg

撮影したのが夜だったことをお許しいただきたい。
これが「仏生山温泉 天平湯」だ。
ホームページで見てもらうとよくわかるがエステサロンか?と思えるくらいのモダンな外観をしている。

ポスト商店街時代と観光化する街のあり方

以前、三重県の伊賀上野を例に、「ポスト商店街時代」の実例をお見せした。

伊賀上野の市街地はあまり人が歩いていない中で
既存の街並みや、街にあるもの、忍者などの地元ブランドを生かして町を面白くしている。
それも、よく観光地のおみやげのような、観光地のシンボル的なものをベタに使うようなものばかりではなく、個人が好きなものをアピールしたり、たまにエッジを利かせたものが出てきたりしていて、面白い。
というものだ。

今回は、観光地化する街のあり方を書くことにした。

筑豊(4)-端から壊れてく日本

(筑豊レポートその4です。初めての方は、最初からお読みになると、より楽しむことが出来ます。)


ckho54.jpg

元々が炭鉱を掘り出す鉱山と、それを運ぶ鉄道、そしてそこで働く人が住む住宅、掘った土を溜めておくボタ山でできていた、筑豊の町々。
だけど70年代に鉱山は閉山し、人は筑豊を去っていき、鉄道は配線、街はゴーストタウン化していった。

筑豊にはそうした遺構が残っていた。
古ぼけたバス停や、時代から取り残されていった商店街、駅があったと思われるどこか不自然な街、そして、鉱山跡にできた再開発地。

一方で、時代から取り残された人たちの閉塞感が集まり、たとえば田川市のように鉱山跡に無秩序な開発が進んだり、ヤンキー向けの商売が蔓延していったりして、どうにもならない状態になってしまっていた。
検索フォーム

【新番組】休みをとったり、あれこれ予約したり、長距離移動しなくても、日常のすぐ横にある世界で手軽に旅ができる!
そんな旅番組ポッドキャスト「トリップコーヒー」を開始!




カスタム検索


テーマ別カテゴリ


タグクラウド
書肆・雪ノ下(by Amazon)






無料アクセス解析 にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村 blogram投票ボタン
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。